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Drag queenの取材紀行(再録)
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 「ドラァグクイーンって何?」って話がお客様のところでであったので、ちょいとご説明を。

 ワシが初めてDrag queenを見たのは20年前。
 ロサンジェルスのハリウッド、キャッシュオンデリバリーのドラァグクイーンハウスでした。

 ドラァグクイーンとは、ド派手な衣装とメイクで、ABBAやティナターナーなど、
 やり過ぎ感たっぷりで、口パクで歌うパフォーマンスをする人達。

 日本のニューハーフ文化が影響を受けているのは間違いないのだが、
 私から言わせると、日本のモノは小奇麗に纏めたショータイム。
 本物そっくりに口真似するドラックのステージとは、迫力の質が違うように思う。

 ハリウッドへは編集部のスタッフとのオフ旅行だったもんで、
 ライター・カメラマン・デザイナーと雑誌制作者が揃っていた事もあり
 深夜のDrag queen Houseにて、突発的に雑誌の取材を決行した私達。

 スタッフを呼び止め事情を話すと、
 「今は営業中だから忙しいけど、多分大丈夫よ。
   だけどね、ママはプライドが高いの。人前で見るからにお金は差し出さないで。
    手に札を握りしめ握手と同時にママに渡しなさい。笑顔でね!」

 いわれた通りにママに近づき、握手でお金を渡して「店が終わったら取材したい」と申し込む。
 「OKいいわよ。閉店まで待って」とドぎついウインクをされて、午前4時まで飲んで待つ。

 客が捌けたガラーンとした店内に、やっとママはやって来た。

 60才は過ぎたママは、早速カツラを取って机に置く。
 頭に羽二重らしきモノを巻いている。
 やおらタバコに火を付け深く吸い込み吐き出すや
 ドラッククイーンとしてのステージングに対する気高い誇りを、ノンストップで朝まで話し続けてくれた。

 「私たちはエンターテイメントの夜の妖精なのよ、朝には消える。
   ここにはハリウッドの俳優達が楽しむ為にお忍びでやってくるわ、
    芸が世界一じゃないとお客が毎日来てくれない、飽きられずに何十年も続けてるのよ、
     努力無しでここまで来れる訳が無いわ。」

 「わたしはこの仕事が誇りなの、生まれ変わってもドラッグクイーンに成るわ」
 
 ママの興奮気味に語る様子は、今思えば半分以上は嘘だったかもと思うが
 彼女が、彼女の家族を支えた続けた50年にも及ぶ貧困物語は大変なもので、
 酔っぱらった勢いもあって、感動と尊敬の心で一杯になった私は、
 ママの手を握りしめ一晩中涙を流し続けた。

 当時役者もしていた私は
 「ママみたいに人生を掛けられないなら、私は今日を限り役者を辞めてしまおう」
 とすぐに決意した、今もって不思議な不思議な夜だった。
 
 その時、店で友達になった、マジシャン志望のドラァグクイーンのマークとは
 一時期文通しておった事もあったのだが、彼は今どうしているのだろうか?
 
 私も生まれ変わったらドラッククイーンにと思ったりもする(笑)
 というかあの衣装を着たいだけなのだけど。 
 恐らくは男のメイク姿を見るとスイッチが入るタチなんだと思う。
 
 昔、京都を拠点にしていた「クラブダイアモンド
 (アダルト用のショーの別名が「上海ラブシアター」だった)」というダンスチームがいたが、
 当時何度も観て、舞台終わりにバナナを食べさせてもらったもんだった。

 ちなみに上の画像は映画「Priscilla」から。
 三人のゲイのうちの一人は、今では大人気となったヒューゴ・ウィービング(右)。
 「マトリックス」、「ロード・オブ・ザ・リング」よりも随分と前の出演で、
 彼がオーストラリアのマイナースターだった頃の作品だが、
 ワシはこの作品のヒューゴが一番光っていると思うわね。
【2011/01/10 00:05】 | Design | comment(0) | page top↑
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